窓際の景色

書評、釣行記。

【書評】「天地明察」(冲方丁著、角川書店刊)

 江戸時代初期において改暦を成し遂げた渋川春海の生涯を描いた感動巨編。

主人公の春海は江戸幕府の将軍を前にしての御前試合をはじめ、幕府の要職に指南する碁打ちを公務としている。その傍ら、算術への好奇心、探究心も半端が無い。算術の師でありライバルであり、そして同志でもある関孝和との幼少期の記憶がその後の彼の人生に大きく影響し、また生きる糧ともなっていく。それは公務以上の入れあげ方でもあった。それも含めて、これらへの取り組む姿勢、またその人柄にゆくゆくの改暦の重責を担わせる事ともなり、若くして帯刀を許される身となった。

 最初の妻との婚礼後すぐ、会津藩藩主保科正之の命を受け、老中から大老に上り詰める事となる酒井忠清、そして水戸光圀などが推挙した春海の長期に渡る北極出地の任務を皮切りに改暦に突き進んでいく。中国の元より持ち込まれた授時暦の微かな誤謬に気付く事が出来ず、日本全国における改暦の機運を絶えさせてしまった。その後、念願かなった関孝和との対峙、彼からの叱咤、応援を受け改めて改暦の意欲を取り戻していく。またその頃、長年恋い焦がれていたえんとの結婚という目出たい出来事もあった。

 その頃、幕府は堀田正俊に祭り上げられた徳川綱吉が将軍となり、後見人たる保科正之は没し、酒井忠清も引退し推進してくれる要人は誰もいなくなってしまうタイミングでもあった。しかし、全国の算術家、神道家の仲間達の助けもあり、萎える事無く改暦の儀を朝廷に諮るまでになった。従来の暦を是とする既得権益層の抵抗にあう事になるが貞享元年十月二十九日、難産で苦難の末の改暦となった。年号に因んで[貞享暦]と勅命を賜り、翌年から施行される事となった。

 春海が魅せた緻密で大胆な政治力が改暦という難事業を成し遂げた重要なファクターである。それは彼の兼ね備えた知識、真摯な人柄、忍耐力を見込んだ保科正之という大政治家の存在を抜きには語れないだろう。

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