窓際の景色

書評、釣行記。

【書評】「元外務省主任分析官•佐田勇の告白 小説•北方領土交渉」(佐藤優著、徳間書店刊)

 止まってしまった北方領土交渉の再開を切望する佐藤優氏の渾身の力作。
敢えて書き下ろしではなく月刊誌の連載を書籍化したものである。外務官僚などロシア外交当事者達に段階的にシグナルを送る為の連載だったようだ。
 ノンキャリアながら旧ソ連、ロシアに対する鋭い洞察力•分析力をもって歴代の総理大臣、外務大臣に重宝され、クレムリンの懐の深くまで食い込むインテリジェンススタイルは怪童と喩えられた。また、鈴木宗男氏と連座する形で不当にも512日も東京拘置所に収監された事は有名だ。
 本書がノンフィクションではなく小説という形で上梓された理由も著者らしい。独自に得た情報は外交の機微に触れるものであり、日本の外交交渉において不利益になる可能性があるとの思いだ。
 1956年の日ソ共同宣言(歯舞群島色丹島の日本への引き渡しを約束。法的拘束力有り。)を起点に、1993年の細川護煕首相とエリツィン大統領による東京宣言。(北方領土問題の解決と平和条約締結する事。法的拘束力は無い。)また、1998年橋本龍太郎首相がエリツィンに秘密提案を行った川奈提案。(北方領土四島一括解決に向けたもの。現在においても外交秘密とされている。)そして、森喜朗首相とプーチン大統領の間では歯舞群島色丹島の返還と国後島択捉島の帰属を並行協議して妥協点を見出すまでの進展を見せていた。しかし、小泉純一郎首相に交代し、田中眞紀子外務大臣就任に伴う混乱の結果北方領土交渉が前にも後ろにも進まない事態となり、現在も同様である。
 当事者であった著者の忸怩たる思いと平和条約締結に寄せる深い思いと共に、その交渉を阻む米国や中国、外務省内の反鈴木宗男、反佐藤優に向けたメッセージとも取れる本書である。
 小説であるが故、本名での記述は一切無い。しかし、それがまた面白さの要素の一つである。